Hard Workで人生を切り開くブログ

「Vision」&「Hard Work」で豊かさを手に入れる

Hard Worker ナカオの詳細なプロフィール

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Hard Worker ナカオの詳細なプロフィール

 

Hard Workで人生を切り開くブログ運営/Hard Worker ナカオ

1992年生まれの25歳。関西出身。
現在は、医療系の会社でマーケティング本部長と広告代理店の事業責任者をしています。

このブログは、その中で得たもの、学んだことをどんどんアウトプットするために書いています。

ブログを書くには、時間が必要です。
ただ、企業役員をしているとそんな時間はありませんし、自分で捻出しないと無いです。
その中で、正確かつ、役に立つ情報を発信しようと思うと情報収集が必要です。

ぼくは、その過程が非常に勉強になっています。
かつ、ブログを書くことは、非常に効果的な活動だなと感じております!

※Hard Worker ナカオはペンネームです。
 また、写真はぼくではありません。

 

社会人になるまで

今から20数年前に大阪の病院で生まれました。小さい頃は家の中で遊ぶよりかは、外で遊んでました。
本を読んだりとかというよりかは、野球をしたりサッカーをしたりと外で擦り傷をした記憶しかありません。

中学と高校は野球に明け暮れながらも、高校も変に偏差値60前後の高校に入ってしまったため、
学業も大変で、中途半端ま文武両道をして、かなり心身とも鍛えられてムキムキになりました。

大学もプロ野球選手を目指して、野球で入学しました。

が、自分と周りのレベルに圧倒的な差があり、大学1年の早々に野球で飯を食べることを諦め、
怪我したこともありますが、2年生になる直前で大学も辞めました。

パーソナルトレーナーとして輝く

20歳で、某パーソナルトレーニング専門のジムに就職。

プロ野球選手やJリーガー、オリンピック出場選手などが通うジムでした。
自分はトレーナーでしが、自分よりも考え方やトレーニングにストイックな選手に触れる中で、ぼく自身、かなり磨かれました!

あまりにも収入が少なく1年で退社を決意。

退職後は、スポーツジム時代にお世話になっていた経営者(某メーカーで皆さんは一度は口にしたことがあるお菓子を企画・開発して世に送り出した人)のライフスタイルに憧れて、
セールスとマーケティングを5年で死に物狂いで勉強して、稼ぐ力をつけるために、セールスを始める。

即断即決即行動をするぼくは、セールスの世界にのめり込んでいく。

147人中146位

ぼくは、セールスの会社に入ってネット広告媒体を販売していた。

当初は、自分はすごくいけてるセールスマンになるだろうと漠然と妄想をしていたが、
2Qが終了して蓋を開けてみると、ブービーの成績で終わった。
ちなみに、最下位の人は、1Qが終わった時点で退職している人だ。

セールスの難しさや、しんどさを体験。

現実は甘くなかった。

そこから、何が何でも成績を伸ばすために工夫を続けた。

3Qでは、どうにか70位ぐらいに食い込んだ。

4Qでは、50位ぐらいまでどうにか成績を伸ばした。

セールスの師匠との出会い。

セールスの師匠は、同じ会社のトップセールスウーマンで、常にMVPを獲得。
世界記録を打ち立てたメジャーリーガー「バリーボンズ」みたいに、打席に立てば、HRばりの契約を量産。

しかも、ビジネスの話はほとんどしていない。

同行させていただきた時の話だ。

世間話をして、最後にいつから掲載スタートしますか?
とオーナーに一言。

「月初からお願いするよ!」と即決。

ぼくは、頭が混乱しました。
即決で決まっているし、おかしいじゃないかと。

ぼくの常識では、一回目はヒアリング→二回目に商談→三回目にクロージングなのに、

一回で終わっている。

これが、セールスの師匠の次元。

師匠の商談決定率は、7割を超えている。

ぼくは、本物の「即決セールス」を体感した瞬間でした。

色々教えていただき、かつ、めちゃくちゃパクリまくり、

なんと、よく年には152人中1位に!!!!

※師匠は、外資系のヘルスケアメーカーにヘッドハンティングされていたので、ぼくが奇跡的に1位!

マーケティングを極める3年へ挑戦

ぼくは、セールスである程度成績を上げた後に、マーケティングを実践して売り上げを上げる経験をしたいと考えていたので、
自社サービスで、ガンガン伸びていて、マーケティング予算がある会社に営業企画職として転職。

年間150億程度の売り上げを上げているITベンチャーで、当時の従業員数は70人程度。

運良く、立ち上げてから10年程度で一気に伸びた会社に転職できたのです。

ぼくの仕事は、新しいサービスをローンチすることでした。
当時は、セールスしかして来なかったのでマーケティングや、自社サービスの立ち上げ方なんて全くもって分かりませんでした。

ぼくの上司が非常に優秀な方で、バックヤードは、独立開業→会社売却→大手代理店に転職→最優秀賞獲得などなど、多くの経験を積んだスーパー上司から、ガリガリ学んで、スポンジのように吸収して、何とかサービスローンチまでこぎつけました!

また、兼任でマーケティング部にも属して仕事をしておりました。
※めっちゃベンチャー企業を実感ww

WEB広告だけで、月間1億を超えるような予算を扱っていたので、毎日腕と足がガクブル、、、、、

その反面、マス広告やWEB広告など、企画から効果測定まで一通りのことはやれたと思います。(多分。)

インターネット広告代理店として独立

セールスとマーケティングをある程度実践してきたので、思い切って独立しました。

本当に自分はどこまで勝負ができるのだろうか?
会社の看板なしにどこまで勝負ができるのだろうか?

自分の現在地を知って、かつ圧倒的なスピードで成長するには「独立」しかない!

と当時は考えて、即行動してました!

打倒、イーロン・マスクを本気でやってみた

スタートアップでは良く聞く、週に100時間労働。

ぼく自身、起業家自伝本は大好きなので、数多くのベンチャー成功物語を読んできた。

ひと昔前は、サイバーエージェントの藤田晋さんの「週に110時間労働」の話が良く引用されていました。

4月の会社スタート時に、一番最初に私と日高が立てた今週の目標は、「週110時間労働」でした。
平日9:00~深夜2:00まで5日間毎日働いて土日に12時間づつ働くと達成できる目標です。 体力的な消耗も大きい営業職ではこのくらいが限界だと思います。

何故こんな訳のわからない目標を立てたかというと、仕事以外のことをしたり考えたりすることを物理的に不可能にして、時間も神経も完全に会社と仕事に集中したかったからです。 立ち上げとはいえ、営業会社はクライアントがたくさんできるまでは、実はそれほど忙しくはないものです。その為、私と日高は毎日交代でプレゼン会と勉強会を行いました。2日に1回新しい事業企画を提案して、勉強会の講師役をやらなければならなかった為、えらく大変でした。

それでも、まだ時間が余るため、私たちは次々に次を仕掛けることができました。 会社を一気に立ち上げて軌道に乗せられたのも、インターネットに一気に詳しくなれたのも、営業の売上がすぐに上がるようになったのも、この目標をやってきたからだと思います。 4月いっぱいと5月の初旬くらいまで続けたと思いますが、その後は、本当に忙しくなって、自然とこの生活スタイルに慣れ、目標がなくてもこのくらい働いていますが、全然平気です。 サイバークリックのシステムを担当してもらっている事業パートナーのオンザエッヂの堀江さんも、 「忙しいときは2時間しか寝なくても平気なんです、慣れってすごいですね。」と、言っていました。 さすがにそこまでいくと堀江さんのことが心配になりますが、忙しい人が経験を積んで成長し、成長した人に仕事があつまっていくものだと思います。

この目標を立てた頃に、「長い時間働けばいいってもんじゃないよ。」と言われたことがありましたが、そんなことは百も承知で、それでも私たちが立ち上げ時のこの目標から得られた成果を考えると、目的を達するまでの勝ちパターンを知っていた私たちが1枚上手。ということになります。

ぼくは、本当に刺激されまくりました!!!

 

最近では、イーロン・マスクの「週に100時間働け!」を引用する人も増えてきた感覚があります。

超多忙であれ

イーロン・マスク氏 
まず言いたいことは、「超多忙であれ」ということです。何を仕事にするかにもよりますが、特に最初の職場ではとにかく忙しく働く必要があります。

「超多忙」とはどういうことでしょうか?弟と私が起業したときは、アパートの代わりに小さなオフィスを借りて、寝泊まりをしていました。シャワーはYMCAで済ませていました。とにかく大変で、コンピュータも1つしか持っていませんでした。昼にWebサイトを更新し、夜はプログラミングをしていました。毎日、どんなときも。当時いたガールフレンドもオフィスで寝泊まりしていたほどです。起きてる時は常に働く。特に起業する人には言っておきたいことです。他が週に50時間働くなら自分は100時間働く。そうすると会社としては、本来の2倍仕事量をこなせたことになります。

 

ぼくも、20代半ばで会社を立ち上げて、同じ人間だったら絶対にできると思わせてくれるような話で、またまた刺激うけまくり!!

ぼくもそれなりにHard Workしてきたつもりだったが、自分の労働時間を省みると週63時間でした。

※内訳は別の記事で書きます。

Hard Workを繰り返し、自社サービスを2本ローンチしたタイミングで会社を退職。

理由は、これも別記事に書きますね!

Hard Workが人生を変える

ぼくの根底には、Hard Workのみが、人生を激変させるという価値観があります。
もちろん、ライフワークバランスは大事ですが、それは数年間、仕事にリソースをぶち込んで来た人の言葉です。

ライフワークアンバランスで、仕事に全リソースをぶち込むから、得れるものがたくさんあると思います!

ジャンボ尾崎さんの名言で好きな言葉があります。

ゴルフのスコアを、
100を切るのに、趣味を捨てた。
90を切るのに、仕事を捨てた。
80を切るのに、家族を捨てた。
70を切ったら、全てが返ってきた。

by ジャンボ尾崎

 

ゴルフのスコア70を切る事は、タイガーウッズと同等に戦えるレベルです。

その為に仕事や家族を捨てる。
仕事を捨てるのも勇気と覚悟が要るけど、家族を犠牲にするのは相当辛そう。
当時は良いお父さんではなかったと思料できます。

世間はいろんな事言うから、ツライ思いもしてたはず。
どれだけの犠牲を払って取り組んだのか想像もつかない。

注目は最後の一行。

全てが返ってきたと言うより、返ってくるまで頑張ったって事だと思う。

ジャンボさん、カッコイイッス!!

ぼくは、趣味を捨てたい訳でもなく、仕事を捨てたいわけでは無く、家族を捨てたい訳ではなく、

全部欲しいんですwww

※ぼくの場合、ジャンボ尾崎さんでいうゴルフのスコア=仕事です。

なのでぼくの根底の価値観には、Hard Workが人生を切り開くという考え方があるのです。

大統領のように働き、王様のように遊ぶ

そんな生き方をしていきます。

みなさん、よろしくお願い致します。