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【25歳という史上最年少の若さで上場させた】村上太一さんのプロフィール

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村上太一(むらかみ たいち)ーー1986年10月27日生まれ
photo by : http://case.dreamgate.gr.jp/mbl_t/id=996

こんにちは!

Hard Worker ナカオです。

ぼくと同い年の時には、会社を上場させていた村上さん。

誰もが一度は開いたことがあるであろう、アルバイト求人サイト「ジョブセンス」。

求職者に採用祝い金を払うという独自のシステムを取り入れ、スタート2年で100万人の利用者を集めたジョブセンスを開設したのは、早稲田大学政治経済学部の学生だった村上太一さんという大学生でした。

なんと、小学生の頃から「将来は絶対に社長になる」と決め、入念に準備を進めて来たという村上さん。 いざ起業するためにどのような道を歩んで来たのかをまとめてみました。

Hard Worker ナカオ
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今の社会を動かしたり、上手く行っている経営者の共通点は、早くから起業を考えていること。

上場企業の経営陣である祖父を持って生まれた村上さんは、幼少期から高級な肉が並ぶ祖父の食卓や、高級社用車が出迎えにくる祖父の姿に憧れを覚え、小学生の頃に「将来は起業家になる」と決意したそうです。

ちなみに、ぼくはと言うと、スポーツトレーナー時代に村上さんと似たような経験をしています。

Hard Worker ナカオ
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一部上場企業の経営陣のお宅に伺わせて頂いた時に、家の大きさや、外車が5台並んでいることや、庭のとんでもない広さに憧れを抱き、願望が開きました。

中学生にもなると様々な事業プランを考えるようになり、「豚骨チャーハンの素を売ったら商売になる!」というアイディアを、実際に食品会社へメールしたこともあったようです。(結果はお礼メールに終わったようですが・・・)

Hard Worker ナカオ
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ここで、行動することが大切ですよね!ぼくも、本を読んで気になることがあれば、著書に直接連絡しますw

また、同時期にコンピューターに関心を持ち、プログラミングに挑戦してみたものの挫折してしまい、サービスを作るほうよりも考える方にシフトしていきました。

その後、早稲田大学高等学院に入学してからも、様々な事業プランを考えては企画書にしていました。ジョブセンスの原型となるアルバイト求人サイトというプランも、この頃に構想していた一つであったようです。

さらに、将来の起業の役に立てばと、簿記2級と、システムアドミニストレータの資格を取得していました。

Hard Worker ナカオ
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ぼくの経験則ですが、将来的に企業したい人は、簿記は出来なくても読めた方がいいです。

会社のキャッシュの状況は、人間でいう健康診断です。

健康診断の点数が読めないと、何を改善していいかわからないのと同じです。

自分が簿記業務をできるようになる必要はないですが、読めるようになっておくことを強くオススメします。

 

ビジネスコンテストで優勝し、学生で起業

高校を卒業し、早稲田大学政治経済学部に進学した村上さんは、1年時から同大学が実施していた「ベンチャー起業家養成講座」のビジネスコンテストにエントリーしました。

Hard Worker ナカオ
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大学には「ベンチャー起業家養成講座とかあるのか、、、知らなかったな。

このコンテストは、大学1年生から大学院2年生まで総数200人以上の応募者がおり、書類選考だけで150名以上が落とされるという非常に狭き門です。 優勝者には専用のオフィスが与えられるという同コンテストで優勝するべく、人並みならぬ努力を続けました。

講義は毎回最前列で受け、講義修了後には必ず先生に企画書をチェックしてもらう。本人曰く、気合の入り方がほかの人たちとはまったく違っていたといいます。

Hard Worker ナカオ
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どんな環境に身を置くか大切ですよね。能力では無く、情熱が大切だなと改めて考えさせられます。

ビジネスコンテストで用意していたビジネスプランは、高校時代に原型を考えたアルバイトの求人サイトであり、当時は今よりも格段に景気が良く、企業はバイトが取れず困っていたため、マーケット的にも実現可能性が高いと踏んだようです。

村上さんは、早大のキャンパス内はもちろん、知り合いの女子大のキャンパス、ほか渋谷や新宿の街中でいろんな人に声をかけて、このサービスがあったら使いたいかリサーチ。

一方、飲食店にも飛び込みでお伺いして、求人募集で使ってもらえそうかをリサーチ。調査をもとに企画を極限までブラッシュアップしていきました。

Hard Worker ナカオ
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この事前に調査することが、ビジネスで上手くいくか鍵を握ってますね。しかも高速で終えることがポイント。

その結果、当然のように村上さんのプランは最優秀賞を取ってコンテストで優勝しました。

コンテストに優勝後、半年間、ITベンチャー企業にアルバイトとして営業を学び、2006年に高校時代の仲間4人とともに株式会社リブセンスを設立します。

 

週に124時間働いていたスタートアップ時代

企業の掲載料は無料、応募1件当たり4000円の成果報酬型のビジネスモデルでアルバイト求人サイト「ジョブセンス」を開設したリブセンスでしたが、1年目の売上は500万円。メンバーの給料もたったの5万円という厳しい状況でした。

その後、ビジネスモデルを、採用決定後の成果報酬、プラス採用が決まった求職者には「祝い金」も出すという仕組みに完全に切り替えた「ジョブセンス」。

通常の求人サイトでは、求人枠の大きさに応じて企業は費用を支払うものですが、リブセンスの「採用が決まるまでいっさい費用が発生しない成功報酬型」というモデルは、従来の大手企業が着手できずにいた(既存のビジネスモデルを壊してしまうため)、新手の手法でした。

そして、2年目には年商7000万円、従業員も15名ほどの規模に成長しました。

そんな村上さんを初め、リブセンスチームは、創業当初はそれはもうがむしゃらに働いていたようで、まず「オフィスに泊まる」ことが前提であり、風呂は銭湯に行き、デスクの下に布団を引いて寝ていたそうです。

労働時間でいうと、週に124時間は働いていたといいます。

Hard Worker ナカオ
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本当にわかる。ぼくも1週間100時間を自分にノルマとして課していました!本当に実行していくのが楽しくて楽しくて仕方ない!ってのは建前です。本当は、毎日、会社の口座からお金が無くなって行くのが怖くて仕方ありませんでした。ショットで売上が上がっても、翌月には不安に苛まれるから、全力で走りきったと言う方が、しっくりきます。やるか、死ぬかに基準で走ってきました。

ちなみに、この時期、村上さんたちのオフィスの隣のオフィスで、村上さんと同様に深夜まで起業に励んでいた人間がいました。

その方こそ、「秒速1億円稼ぐ男」としてメディアにも登場する、与沢翼さんです。 与沢さんは、村上さんが優勝したビジネスコンテストの翌年度の優勝者であり、隣同士のオフィスで朝から晩まで仕事に励んでいた仲だったそうです。

こういう、ライバルがいるといい刺激になりますよね!

 

史上最年少での株式上場へ

上記の「採用祝い金システム」を取り入れたジョブセンスは多くのユーザーを集めて大成功し、2007年度には月商で1000万円を突破するようになりました。

その後の順調に右肩上がりの成長を続け、2011年12月にリブセンスはとうとう東証マザーズに株式上場を果たしました。

このとき村上さんは若干25歳1ヶ月。株式上場の最年少記録を大幅に更新しました。

さらに翌年の12月には、市場を東証一部へと変更しています。   こうして、小学生の頃の夢を実現し、史上最年少社長として目覚ましい活躍を続ける村上さん。

20代という若さで上場社長という地位に上り詰めたわけですが、その歴史を紐解いてみると、実は小学生の頃から、起業へ向けて途方も無く長い「下積み期間」を積んできたことが分かります。

そんな一途で圧倒的な努力家である一面が、叩かれやすいIT起業家の中でも、高い好感度を誇っている愛され社長である所以なのかもしれません。

 要約

正直、悔しいです。

村上さんは尊敬している経営者の内の1人です。2017/06/19時点で、ぼくは25歳と1ヶ月。ぼくと同じ時に会社を上場させていたとなると、いい意味でムカつきます。

この怒りエネルギーを仕事に変えて、ぼくも成果をガンガン作って行きます。

お互いに、Hard Workで人生を切り開けると最高です。

ここまで、お読み頂きありがとうございました。